【§3. アーティスト、サッカー選手に見られる一流の共通点】

◎繰り返しの訓練が「脳力」を鍛える

山本:僕が見に行かせていただいた林さんのコンサート。あれは、何周年のときのでしたっけ?

林:35周年ですね。

山本:35周年でしたか。ライブで本物を見るとか、聞くとかというのは、やっぱり違いますね。

林:ライブというのは、文字通り生き物ですから、そのときそのときの状況が違うでしょうし。先ほどの技術論になりますけど、歌手の方たちは、声帯を使いますよね。声帯をコントロールすることによって、しっかりと声を出したり抑えたりている。でも、間違えて声が裏返りでもしたら、まさしくシュートを外したようなものです。ミスは見せられない。

山本:こんなプレーを見せちゃった。それこそ珍プレーですよね。

林:そうなってしまうんですよ。

山本:そういうことも、たまには起こりうるんじゃないですか?

林:ありますよ。

山本:中山がシュートを空振りするのはたまにはありますけど、香川が空振りをするとそれはどうなっちゃったんだっていう感じになりますよね。そこでトラップミスする?というような話だと思うんで。今聞いて安心しました。

林:あるんですよ。歌詞を間違えることさえあるんですけど、それは訓練と、頭がそのときに意識させているかは分かりませんが、長い訓練の結果、「脳」から声帯に直接伝達しているんですよね。それは、考えてやっているのではなくて、考えなくてもそこは習慣付いているから、こうするとこういう声が出るということも含めて、瞬時に回っているわけですよ。

山本:何万回、何十万回というか、常にそういう風にやっているから、イメージすると神経が直結している。

林:そこの域に入っちゃっているんですよ。

山本:だからすごいんだと思います。サッカー選手もそうですよね。どのコースにボールが来たら、どういう風に動くのかが、身体に染みついている。神経の回路、子どもの頃からの訓練で出来上がっている。トレーニングというのは、見たり聞いたりした情報を脳が処理して身体に伝えるという能力を鍛えることなのではないでしょうか?指導者がそこに、回路を鍛えているという視点がなくて、状況がいつも一緒で刺激がない。つまり、情報処理をするような刺激がない練習をしているということは、全く意味が無いんですよね

林:極端な話ですけど、そうすると練習時間の長さにこだわったり。そういうことじゃないんですよね。

山本:じゃないですね。繋がりました、今。本当にそうだと思います。

林:だから、さっきから言いたかったのは、自分の欠陥、欠点を分かっている人というのは、そこを補うために別のメニューを自分の中で考える、あるいはそこをコーチがサジェスションしてあげることで成立する。僕らも、アーティストが良いものを書けなかったり、歌えなかったりとしたときに、自分で喉を詰めてない?と言ってあげたりします。例えば、一人のアーティストは声帯が強くて、ずっと歌っていても大丈夫だというのもいれば、3〜4回本気で歌っちゃうと声が変わっちゃっていう色々なタイプがいるわけです。そうしたことは、何度かレコーディングをやっていると分かるようになります。自分が歌うことを経験したプロデューサーなのか、全くそうしたことを経験してこなかったプロデューサーなのかによっても、変わってきます。狭いブースの中で、マイクに向かって、もらった歌詞の中で自分の世界を作り出すと言うことを、瞬時にやらないといけないわけです。そうすると、そのときに客観的に見ていて、出てきた声のつまり具合だとか、詩の持っているイメージをより良く伝えるためのアドバイス、つまりコーチングが反映される必要があると思うんです。こういう役割は、何を引き出すのかというところに繋がってくることで、良い試合とイコールしてくることだと思います。

◎一流の人に見える特長

山本:おそらく、林さんは一流のアーティストの方を見てこられて、そのように感じられたのだと思うのですが。林さんが、そうした方たちと触れあってきた中で、一流の方に共通する特長みたいなものってありましたか?サッカーでいうと、持っている技術だけでは、世界ではチャンピオンになれない。それをどう磨いていくのかという才能が更に大事になってきます。それは、苦労していかないとそうはなっていかない。負けず嫌いだとか、自分の意思でやるとか、すごく高い目標をもっているだとか。そういうのが特長としてあります。一流のアーティストになっていった方と、そうでない方もたくさん見てこられたと思うんですけど、そこの違いで気づかれたことはありますか?

林:両極端な話をしますと、アイドルはその必要は無いわけですよ。違う要素で売れているわけですから。

山本:テレビの時代ですからね。

林:歌の力ではないですから、要素は別のものになってくるので、それはそれで良いと思います。最高峰の歌手として、美空ひばりさんがいました。

山本:美空ひばりさん。はい。

林:僕も、ぶったまげたんですけど、

山本:林さんでもぶったまげたんですか?興味がありますね。

林:歌われていて、だいたい1テイクで完成しているんですよ。あと何か問題があったら、1箇所、2箇所訂正する程度の出来栄えなんです。初めての曲ではまれなケースですよね。2〜3回歌ったと思うんですけど。その2回目に歌われていたときだったと思います。美空さんが立って歌われているところを見たら、歌詞カードに目を落としていないんですよ。歌詞カードは保険みたいなもので。

山本:歌詞カードを見ていないんですか?どう歌っていたんですか?

林:全てが、頭の中に入っていると言うことですね。

山本:もう?それって、2回目なんですよね。

林:2回目と言っても、同じ日ですからね。同じ日に、もう一回歌ってみましょうという時ですよ。

山本:ですよね。それで、もう入っちゃっているんですか?

林:裏返すとですね、ホームワークをちゃんとやってきているということです。

山本:家で予習をしてきていると言うことですか?

林:そうです。そこは、スタッフとか関係者に見せていないわけですよ。

山本:さすがですね。納得しました。

林:何が違うかというと、一番極端な例で言うと歌に対する姿勢、さらに時代も違うわけですよ。今の人たちは、移動時間でも歌を覚えられる手段もあるわけです。でも彼女が育ってきた環境は、フルバンドがあって同時に音を出して、間違えることなく歌わないといけないということを積んできている人なんですよね。そうすると、絶えずライブをやってきているわけです。レコーディングは、ライブと同じ意識ですから、取り直しはきくといっても、間違えたらプレーヤー全員がもう一度演奏しなくてはいけません。ですから、本人にとっては神聖な場所だったんでしょう。ライブですよ、だから。そこで完成させるという場所ですから、アイドルのレコーディングは、初日は練習みたいなこともあるでしょうけど、そこが違うんですよ。そこで上げてしまおうと。

山本:そこが、本番の一発勝負という感じで来るから、完成度が違う状態で来ているということなんですね。

林:余談になりますけど、レコーディングの前には、作詞家、このときは秋元康さんだったんですけど、僕との間に美空さんが入って写真を撮るんですよ。それは、儀式なんですよ。こじつけるわけではないんですけど、サッカーの試合の前にも、みんなで写真を撮りますよね。

山本:撮りますね。

林:それだけ真剣な試合ですよね、彼女にとっては、たぶん。

山本:今からキックオフされるぞ、みたいな。記念撮影が。その後ろで君が代が流れちゃって、という雰囲気ですよね。我々でいうと、日本代表という誇りを持って、審判がいて、相手のチームがいて。あの瞬間って、僕ら指導者はベンチにいるわけですけど、見ているだけで、全てを出し尽くさないと済まされないぞっていう感じの気迫、気持ちですよね。

林:正直、僕らの方がそこまで到達していない感覚でしたけど、僕は美空さんの生前曲を書いて良かったと思っているんですけど。

山本:美空さんの曲は何曲くらい書かれたんですか?

林:3曲です。最後のアルバムでしたけど。

山本:失礼ですが、何という曲ですか?

林:『背中』、『孔雀の雨』、『ワルツを踊らせて』の3曲です。そのときの光景というのが今の話です。

山本:想像するだけで、すごいものを感じますね。

林:プロ中のプロと言うことですよね。おそらく、優秀な選手は頭が良いと言いながらも、結構な練習量を積んでいるはずです。それに、考えていますよね。頭を使って、自分が何をしないといけないかをしっかりと考えている。

山本:自分で考えて、自分の意志で、自分でトレーニングをする、ということですよね。

林:そこに持っている感性というものをレベルアップさせていくという気がしてしょうがないんですけどね。

◎人を育てるコーチング

山本:僕は指導者の集まりで、我々の仕事は、教えることではない。教える程度では、自分が一流じゃないのに、選手が一流になれっこないだろうって。我々は、考えさせるのが仕事なんだ。ヒントを与えるとか、気づかせるとか。本人がどうしたい、こうしたいとなったら、それ以上のものを作り上げることができる。だから、そこを僕の指導力で教えたところで、たいした選手にはならない。たいしたチームにはならないんだよ。考えさせて、気づかせて、自分たちの意思でやるような、そのプラスアルファの雰囲気が重要なんだよね、と指導者の方には言っています。まさしく、同じイメージだな、と。美空さんは、本人でやれるからすごいんですよね。

林:そうですね。同じですよね。選手も歌手も、ステージに立っちゃったら、こっちはもう何もできないですからね。その前にどれだけ言ったところで、最後に演じるのは本人なので、それをどういう風にアライブできるのかということのヒントみたいなものを与えることですよね。

山本:一流になっていた人の特長として、自分で考えて、自分でチャレンジしていくというのが出ていますよね。みんなすごく努力をしていると思うんですけど、変わっているというか、違ったタイプですごい天才だったという人とかいないんですか?

林:さっきは、ベテランとアイドルという全く異次元の話をしましたが、同じアイドルの中でも、松田聖子さんと中森明菜さんなんかは、当時人気を二分していたアイドルでしたが、この対照は面白いですね。松田聖子さんは、一度レコーディングに立ち会ったんですが、当時メロディーすら覚えられないほど多忙だった。スタジオで何回か新曲を掛けて、メロディーを覚えてもてらうといった状態でした。それで、ある程度彼女が覚えて、スタジオの中に入ったわけなんですが、2〜3回で自分の世界を作れるタイプでした。ところが、中森明菜さんの場合は、まずレコーディングに来なくて良いと言われました。というのは、いつも同じ環境じゃないと緊張したりして、自分の世界に入り込めない、と。

山本:繊細というか、シャイというか、そういうタイプなんですかね。

林:さらにですね、実際のレコーディングの場所にいたわけではないので、客観的に判断しないといけないんですけど、最初に歌ったときのテープが送られてきて聞いたときに、こちらが提供した作品が彼女に合わず、間違えたんじゃないかな?と思うぐらいに疑問が残るんですよ。ところが、後からぐいぐい良くなるんですよ。すごくロースターター。松田聖子さんの場合とは、まったく逆のタイプでしたね。

山本:まさしくタイプの違いですよね。コツコツ、少しずつ進歩するタイプと。

林:グーッと上がるタイプと、最初からそこに持って行っちゃうタイプと、両方あると思うんです。

山本:対照的なスタイルなんだけど、どちらもすごいという。我々指導者も、画一的なものをどうしても作りたがります。「これが良い選手」だよと指導者がイメージしたところで、やるのは選手ですから。個性を活かしていかないと、輝く選手にはならないと思うんですよ。アーティストの世界も、今の話を聞くと似ているのかな?と。全く違うスタイルの選手が、すばらしい歌を歌う。今思うと、よく分かります。その話を聞いて。

林:そうですか。

山本:中森さんは、何度かレコード大賞とか取られていたじゃないですか。歌が、すごくトレーニングを積んで、丁寧にやってきているという感じがあって。一方の松田さんは感覚的に、すごくノリが良いですよね。

林:その通りです。

山本:どちらもたぶん天才だと思うんですけど。一方で、技術とかセンスとかが天才っぽい松田さんと、努力の天才っぽい中森さんという構図に映ったんですよ、今。

林:サッカー選手でもそういうタイプの選手いますよね。

山本:教えたらすぐにできる選手もいますし、何十回教えてもできないんだけど、2年後にその選手ができるようになっているみたいなことも。面白いですね。

林:僕は、自分が草サッカーをやっていて、高校の時にちょっとサッカーを経験したんですけど、今のようにサッカーに対する知識を求めていたらって、思うことがあります。

山本:日本代表ですよ、間違いなく(笑)今のイメージとか、どうやったら自分が良いプレーをできるのかとか言うことが分かっていれば。

林:今は、頭で色んなことを考えられて、でも残念ながら気づいた時は歳で技術や体力がおぼつかない。どれだけ練習を積んでパターン認識させないといけないのかということになるのかな。それで、さっきの声の話に戻りますが、自分の身体がそれを感覚的に覚えた状態の中で、初めてこの頭の「脳力」が連動して生きてくるということが、分かりますね。

山本:それが分かっていたら、最高なんですけど。

◎テンポが早まる世界をどう生きるのか。

林:話は変わりますが、サッカーもそうですが、音楽の世界も、流れが非常に速くなっているんです。ディスコに行ってみると分かりますが、20年前だと120bpsだったんです。それが、今、1分間で120ビートじゃ遅いんですよ。140くらいないと、みんなが感覚的にノレない。人間が持っているリズムという生理的なテンポがアップしているんです。

山本:釜本さんがやっていたころのメキシコオリンピックの映像を見ると、スローモーションかな?って思っちゃいますもんね。それが、今、どんどん上がっている。プレミアリーグなんか見ても分かる通り、インプレー時間も増えてきている。まぁ、ルールが変わったというのもあるんですけどね。人間の世界のテンポがアップしていると言うことですね。特に先進国は。それに途上国がどういう風についてくるのか、という感じ。

林:音楽の世界は一つのファッションですから、これは歴然とそこの部分を証明することができます。それから、お気づきかもしれませんが、今の曲って、言葉数が多くなっています。それは、1小節の中にたくさんの音符が入っているんですよ。そうしないと、今の若い人たちは、自己表現ができない。会話できない。僕たちの子どもの時代は、ゆったりとした、たうようなメロディーが時代の音楽だった。それが段々細かくなってきて、今はもう「イェーイ」ですからね(笑)

山本:これから先、ひとくくりにできないと思うんですけど、音楽の世界はどういった方向に向かっていくのでしょうか?

林:今、全てのものが、ちょっと古い言葉で言うとクロスオーバーしてしまっています。古いも新しいもないんですよ。デジタルもアナログも、一緒くたに全部ミキサーにかけられている時代と言えます。例えば、80年代、90年代だと、ヒット曲の王道というスタイルがあったんですよ。ところが今、2〜3時間の音楽番組を見てみると、種々雑多、色んな音楽があふれていて、それを発信していく側がそうだから、受け手側の方もそれだけの趣向があるわけです。はっきりって、どれが今の時代の音楽なのかというのが難しい。

山本:林さんでも、10年後の音楽の未来は分からない?

林:分かりません。

山本:そうなんですか。もう一つ、サッカー界に、メッセージをお願いしたいと思います。今年、ワールドカップ予選が終わって、日本のワールドカップ出場が決まると思うんで(註:取材は2013年2月4日に実施)、今後サッカー界がどういう方向にいって欲しいか、ということがありましたら。

林:サッカー界がですが?

山本:サッカー界が、今、ワールドカップも、オリンピックもずっと連続して出ることができるようになって。

林:そこにたどり着くまでがどれだけ過酷な戦いがあるのか、まったく変わらないのに、見る側は当たり前に期待するようになっちゃいましたもんね。

山本:はい。当たり前になった日本サッカー界に期待することであったり、夢なんかがありましたら。僕でいうとですけど、生きている間に、日本のキャプテンがワールドカップでトロフィーを掲げる瞬間をこの目で見てみたいと思っているんですよね。

林:それはありますね。それは、日本の目標として、不可能ではない。前回の大会で、にわかに感じられるようになったので、目指してやって欲しいな、と思います。ボクたちファンの立場としては、サッカー文化ということを考えたとき、例えば、ゴールを外したときに、「あ〜っ」というため息じゃなくて、拍手が起こる。そういう時代になって欲しいと思います。

山本:それは、サポーターも含めての雰囲気作りですよね。

林:サポーターが。それは、しょっちゅう外しているような状態だと別ですけど、チャレンジした、そういう局面を作ったことに拍手を送れる、そんなファンであるという文化が根付いた国になっているか、「あ〜っ」という大きなため息で終わっちゃうのかは、大きな分かれ道なんじゃないでしょうか?それは、サッカーがどれだけ浸透しているかどと。

山本:シュートの形を作るというのは、それだけですごいことですからね。林さんは、ワールドカップに結構行かれていますよね。

林:行っていますね。ドイツは行きませんでしたけど。

山本:次はどうですか?

林:ブラジルは行きたいですね。

山本:良いツアーで、充実したツアーでみんなで楽しみたいですね。

林:行きたいですね。ブラジルは、サッカーもそうなんですけど、音楽も。ボサノバを生んだ国ですから。音楽とサッカーの両方の意味合いを含めると、ボサノバも現地の音楽と西洋音楽が一緒になったものですから。

山本:我々は同世代で、こういう時代にワールドカップの最多優勝国であり、サッカー王国のブラジルで、ワールドカップが開催される。そうしたタイミングに、我々がいられるというのは恵まれたことであると思っています。なぜかというと、地球の裏側で遠いところだし、お金が掛かると思いますが、一生の思い出になると思います。

林:お金は掛かりますね。

山本:もう一つは、遠いから故に体力がいるんですよ。30時間も飛行機に乗らないといけないとか。そう考えていくと、そこそこまだ身体も動かせるし。

林:ラストチャンスかな(笑)

山本:金銭的にも、子どもも自立して、余裕もあるし、同世代の皆さんは多少贅沢しても怒られないかな?という年になって来たんで、すごく良いタイミングだと思っているんです。

林:ですね。

山本:林さんも良く、ご旅行なさっていますけど、新たなものに触れに行くというのは。

林:僕、一回も行っていないですもん。ブラジルは。

山本:そうですか。ブラジルは面白いですよ。

林:絶対にブラジルには行きたくて。

山本:是非是非。上手くスケジュールがあえば、一緒に。向こうで何かやりたいですね。

林:是非、そうできると良いですね。

山本:林さん、長時間にわたり、ありがとうございました。

林:こちらこそ、ありがとうございました。

以上

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