【§2. スポーツにおける科学の導入と「脳力」】
2013年8月21日
2013年8月21日
山本:それと同時に、Jリーグが始まりました。
林:今、ドイツでプレーをしている選手、何人でしたっけ?
山本:もう10人になりますね。
林:10人になりますか。そういう時代になって、躍進ぶりというのは、他のアジアの国から見て、疑問に思うというか、熱いまなざしが送られていると思うんです。僕は、山本さんに会ってどうしても聞きたかったことがありました。それは、98年の時に、中山雅史選手が4試合連続ハットトリックを決めた。ギネス記録になっていますよね。もちろん、すごい選手だし、すごいストライカーだと思います。その中山選手のゴールに対する嗅覚から始まって、ゴールの枠に押し込む技術が急激に上がったように感じた。その要因がどこにあるんだろう?と疑問に思っています。せっかく当時コーチをやっていらした山本さんとこうして話す機会を作ってもらったので、中山選手が変貌した秘訣を聞いてみたくて。後に、僕が別の方から聞いた話だと、後ろからきたボールの受け方と、ディフェンスの裏の取り方とか、ちょっとしたことを中山選手にコーチしたというようなことだったんですけど。実際、そうだったんですか?
山本:今のことを一言でいうと、相手のマークをどう外すのかがテーマでした。ボールを受けたときに、ゴールをしっかりと見ている。ディフェンスの動きも見えている。それに、ボールにたいする視野を確保している。そうした情報が多ければ多いほど良いわけです。マークを外す動きの基本を押さえていくと、必然的にそうしたことをしなければならなくなってきます。そうなるためにやらないといけないこと。ターンのやり方や身体のポジション、ボールが来る前の動きの質の向上。それから、相手の動かし方。これは、自分が動きやすいポジションの作り方にも繋がります。技術的なことを指導したというよりは、ボールを受ける前の動き方、つまり、いかにマークを外すのかを伝えていました。
林:なるほどね。
山本:中山は器用な方ではない。どちらかというと、技術的には不器用な選手です。ご存知かもしれませんが、得点の70%はワンタッチからのシュートなんです。来たボールをダイレクト、ワンタッチで決めるというのが、重要であるということは、データ上すでに明らかになっています。日本協会では、世界のストライカーと呼ばれる選手たちが、どのくらいの比率でどういうシュートを決めているのかということを、映像とデータで揃えていたんです。
林:70%がワンタッチで決めているということは、逆に言うとワンタッチじゃないと、そのわずかな時間の内に、敵に寄せる時間を与えてしまうということなんですかね。
山本:時間が掛かりますからね。ディフェスの足が出てきたり、止めた瞬間にキーパーが前に出てきていて、シュートコースがふさがれていたりということがあります。中山は特別器用ではない。だから、ワンタッチで打てることができる身体の向きと敵のマークを外すアクションのことを言い続けた。
林:なるほど。
山本:それに、技術は急に上手くはならないじゃないですか。
林:そうですね(笑)。
山本:小さな頃からの積み上げてきたテクニックとか、右でも左でも蹴れて、アウトもインも使えて、ヘディングも上手だというのは、技術の問題。それだけを見ると、急には上手くならない訳ですよ。中山は、30歳を過ぎてから、Jリーグで2回得点王になっている。そういうのは全部、マークの外し方が上手くなったことで、シュートシーンを中山の技術でも生かせるようになったからだと思っています。あるとき、中山が「得点王になりたい」って言ってきました。30歳を越してからですよ。もう、残された時間がないと思ったんでしょうね。そのときに、こう言いました。「パスをもらってからじゃなくて、パスを受ける前にどうマークを外すのかが大事なのに、それをやらずに良い状態でボールを持っているところからシュートを打つ練習をしてもどうしようもないだろう」って。
林:中山選手がそういう風に変わったということもそうなんですけど、山本さんがコーチをやってきた中で、いかに選手たちをしっかりと見てきたのかが分かります。実際に練習で、ゴールを決める優秀な選手が多いと思うんですけど、試合になると枠にさえ飛ばないっていう選手も多いですよね。その要因というのは、僕自分が、アマチュア・シニアリーグでへたくそなりに試合をやっていて感じたのですが、焦る、余裕がなくなっているっていうのがありますね。
山本:ありますね。
林:一般的なシュート練習ってやりますよね。
山本:敵もいなくて、ボールを止めて打つとか。
林:基礎練習は別として、サッカーに限らず優秀なスポーツ選手は、古くは野球の落合選手なんかもそうですが、「オレ流」っていう練習方法があるんじゃないかな?勉強が出来るという意味ではなく、頭の良い選手は自分に何が足りないのかがちゃんと自己分析できている。日常的にやっていることは、もちろん慣れてきてしまう。だから基礎練習をやらなくていいというわけではないのですが、フィジカルなのか、テクニックなのか、自分に一番欠如している部分を、しっかりと自己分析してやっている選手というのは賢いですよね。
山本:自分でやるということは必要なことです。自分の意思でやると疲れないんですよね。それに、目的意識もはっきりしているし。逆に、コーチが「お前、点を取りたかったら、シュート練習をやれ」と言っているから、やるというのでは駄目なんですよ。練習のための練習を消化していても、身につかないし、役に立たない。でも、中山の場合は、あれやりたい、これやりたいという自分の意思でチャレンジしていきたいという意欲があった。だから、彼は伸びていったと思う。別に、僕が教えたから上手になったわけではありません。彼の目標、やりたいことを実現するためにサポートしていっただけです。自分に意欲がなくて、やらされているだけだったら、長続きはしない。一流になっていく人たちは、目指すもののビジョンが見えているんです。だから、多少の苦しいことやつらいことも乗り越えていくことができる。それを実現するエネルギーがあります。
林:向上心ですかね。
山本:はい。自分の意思でやるというのは、練習の中でも最も重要なことの一つです。中には、居残り練習が好きな選手もいる。そうした選手に限って、コーチにどんな練習をすれば良いですか?って聞いている。自分で考えないのなら、意味が無いからやらない方が良いんですよ。
林:なるほど。
山本:今日何やりましょう、って聞いてきた瞬間に、それならやらない方が良いよ、って思います。でも、選手が自分でやりたいことに気づいたときには、もちろんとことんまで付き合います。
林:その一言で、選手がどうなりたいのかが分かりますよね。
山本:どうなりたいの?どうしたいの?その意欲がないのに、時間を消費したら、やった気になっちゃう。こんなのじゃ駄目ですよね。
林:モチベーションや向上心は、もちろん大事だと思います。これはスポーツだけに限らず、すべての人に当てはまりまることだと思うんですけど、自分に足りないことが分かっているということは、もっと大事なことではないでしょうか?どうして良いか分からないとなったときに、コーチのアドバイスが、その人間にとってどれだけ意味を持ってくるのか。自分のことを客観的に見られているかいないかで決まってくる部分もあると思うんですよ。今、簡単にたいしたこと教えてないんですよって、謙遜なさっていましたけど、伸びる人は、言われたアドバイスの活かし方をちゃんと考えて、実践できる人なんでしょうね。逆に、言われたことをしっかりと受け止められない人も、これもまた別の意味でのそこまでの「脳力」なんでしょうね。
山本:そうだと思います。
林:そこから、伸びる、伸びないが、大きく分かれるわけですけど、一生懸命やろうとしていて自分に足らないところを補おうと頑張っている。それは、鏡を見ているわけではないですから、ここはこうだよって言われたときに、それを「なるほど!!」と、それこそ電球が点くような感じになれる人間は、伸びていきますよね。
山本:林さんは、若いときから、音楽をやっていらっしゃいますけど、色々なものが繋がって、一つの作品ができるときにはどんな状況なんですか?曲というのは、突然出てくるものなんですか?
林:神がかり的に、「パッ」と上から降ってくるときもあります。でも、そういう作曲というのは、年に1回あるかないかです。
山本:作ろう、書こうと思ってそれが降りてくんじゃなくて、突然ひらめいて、それを構成していく感じなんですか?
林:神のテレパシーがピピッと天から降りてくる。こうした恵まれた瞬間というのは、あっても数回程度です。ほとんどが自分で意図的にひらめきを出すキッカケを作りだすことを、義務づけていると言っても良いかもしれません。さっきの中山選手の話に戻りますけど、サッカーのストライカーでも結構ゴールを外す場面は多い。でも、世界的に屈指の選手ならば必ず決める。ゴール決定力の確率が高い。海外リーグを見ていてすごいな、って思うのは、そうした最高峰の選手いうのは、瞬間で局面を判断したり、シュートタイミングを掴むっていうんですかね。それができていると思うんです。曲も同じことが言えます。自分が曲を導き出すために、ギターを抱えたり、譜面に向かったりします。そのときには、何回も自分の頭の中で、曲を引き出す作業をやるわけですよ。きっかけは、ギターで弾いたコードかもしれないし、自分の頭の中に流れたメロディーかもしれない。ぱっと浮かんだときに、それが良いメロディーかどうか感じ取る別のセンサーみたいなのがあります。いっぱいあるメロディーの中からピックアップしたものを、スムースに繋ぎ合わせ固定化すること。それが、作曲だと思うんです。
山本:なるほど。
林:サッカーにこじつけるわけではないんですけど、試合中のパスの選択肢って、たくさんありますよね。
山本:ありますね。
林:そのときに、前線にフィードするかバックパスにするのか。それとも、左右の選手に振るのか。与えられた状況の中で、選手たちが瞬時に判断していることに近いのかもしれません。
山本:色々な曲を作っていく中で、引き出しにしまっていくものが数多く出てくるわけですよね。
林:実際に、書いたものをしまっていくというのではありませんが。生まれてから今日に至るまで、色々な音楽に触れてきてますから、それが頭の中に蓄積されていきます。曲を作るという作業は、頭の中に蓄積されたものを自分というフィルターを通して濾過して、様々なメロディーをつなぎ合わせて、一つのものに仕上げていくことだと考えています。
山本:道無き道をいくような話ですよね。我々が、ある音楽を覚えて、一生懸命頭で整理するとかいう話とは違って、白紙のキャンパスに新しいものを作り上げるような話なんだと思います。その想像力というのがどうなっているのかが気になります。
林:白紙のキャンパスに何かを作っていくと言うことは、おそらくないと思います。
山本:ないんですか?
林:ええ。それは、モーツアルトでもないと思います。人類の歴史の中で、継承されてきていることというものは数限りなくあります。モーツアルトは、バッハやヘンデルなどの影響を受けている。先ほども言いましたけど、彼らが聞いてきたもの、歩んできた人生、やさしい人とか、厳しい人といった個人のキャラクターなども含めて、自分が背負ってきたものが、それを濾過して新たなものを作っているわけです。だから、白紙ではなくて、色々と混じり合ったその人のキャリアというものがそこにはあるんだと思います。だから、僕らで言うと、音楽のスタイルというのがたくさんあるんですけど、各人が継承してきたものなんだと思うんですよ。現代音楽みたいな話になると、ジョン・ケージという人がいましてね。
山本:はい。
林:ステージで4分33秒何もやらずに、無音でステージを去ったという有名な話があるんです。これは、聴衆と自分との対話なんですよね。自分が送り出しているものを、聴衆がどう受け取っているのかっていう世界。本当に極論なんですけど。それは、もしかしたら白紙に描かれるものを生みだしている瞬間なのかもしれない。僕はそういうものではなく、大衆音楽の一つとしてやっているんでね。過去から継承してきたもの、自分が好んで聞いてきてもの、あるいはあえて異色な要素も組み入れ色々なものを自分の中に堆積してきて、それを自分というフィルターで濾過して出してきているものなんじゃないですか。僕らが曲を書くときには、一つのテーマがあったりします。そのテーマが何かというと、歌い手であったり、歌い手が望む曲があったりと、状況があるわけですよね。サッカーも、一つひとつの試合があって、ポジショニングがあって、その状況下でどういうプレーをするのが、自分にとって最適なのか。つまり、ベストな選択に優れている人が、客観的に見ていて、もしかすると良いプレーヤーなのかもしれないなと。
山本:そうですね。ところで、竹内まりやさんの曲が、出た頃というのは、林さんはおいくつだったんですか?
林:ちょうど30歳くらいですかね。ただ、僕が作曲家として作品をいっぱい書くようになったのは、そのちょっと後なんですよ。
山本:後だったんですか。竹内さんの曲がヒットしていた時代は、林さんが日本の音楽界を牽引するちょっと前だったんですね。
林:竹内まりやさんに提供したのは『セプテンバー』という曲なんですけど。その当時は、スマッシュヒットにはなりましたけど、まだまだ夜明け前のような感じで、僕の感性が時代にミートするようになるまではまだ時間が必要だったんです。
山本:そうだったんですか。
林:作品が頻繁にちまたに流れてくるという状態になったのは、それよりも3〜4年くらい後になってのことでしたね。
山本:竹内さんに楽曲を提供するということが決まった上で書かれたんですか?
林:そうです。最初の段階で、タイトルが『セプテンバー』というのは決まっていました。それと、竹内まりやという歌手も決まっていました。シングルという一つの制限もあるわけです。そういう状況の中でどういう曲を彼女のために書くのが良いのかを、自分なりに考えました。
山本:そのイメージで作っていくんですか?
林:シングルですから、曲を導き出すときに、できるだけ万人がわかりやすい、歌いやすいというのをキーポイントに考えました。それがヒットに不可欠な要素にもなるわけでして…。
山本:曲を書くときには、先ほど仰っていたように、この時期までに、この歌手の、こういうイメージの曲を書かないといけないといった様々な縛りがありますよね。そうしたときには、作曲活動に集中して、仕事をなさるんですか?
林:一旦作業に入ると集中しますが、ずっともやもやしている時間が多いですね。
山本:もやもやして、ずっと考えているんでしょうけど、完成させるのには決められた時間があるから、ずっと良いものを探っているという感じですか?それとも、突然、何かが浮かんでくるんですか?
林:そういうときもありますけど。浮かんできた断片のフレーズをレコーダーや譜面にメモしておいて、最後にまとめるような感じです。さっきの話でもありましたけど、ぱっと浮かんだものは、絞り出したものよりも、はるかに良いメロディーのことが多いんですよ。
山本:あ、分かります。我々もそうなんです。次の試合に向けて、相手のことや自分たちの戦力を分析します。その中で、どんな試合になるかな?ということを考えるわけです。ただ、ずっと考えているわけにはいきません。どこかで決断しないといけないタイミングがきますよね。メンバーを伝えないと駄目。監督としてどう戦うかを決断しないと駄目。そのときに、毎日夜中にひらめきがある。そうこうしている内に、最後のミーティングまで、残り時間が30分になっている。それでミーティング直前の5分前とかに、「よし決めた、これで行こう!!」って決断をする。この決断までに、夜も寝られないくらいに散々考えてきているわけです。だから、行き当たりばったりで選んでいるのではない。色々な情報を詰め込んできた結果、「これだ」って決断したことが、正しいかどうかも分からないんですけど。
林:それは私たちが書いた曲が、ヒットするかヒットしないか分からないのと一緒ですね。
山本:一緒ですよね。ギリギリになって追い詰められると、「これで行く」「この選手に賭ける」というのが良くありますね。林さんが仰っている「脳」の働きが一緒なのかなって。
林:僕が興味のあることの一つに、「脳力」というものがあります。せっかくなので、「脳力」の話をさせていただきたいんですけど。以前、あるテレビ番組で、水泳の選手のことが取り上げられていました。水泳の選手は、ゴールが見えた瞬間に、0.0何秒かタイムが落ちるそうなんです。これこそスポーツ科学だと思うんですけど、そのタイムが落ちてくるのを回避するために、ゴールはまだなんだという意識付けの練習を、何回もさせることによってタイムを上げたということを聞いたときに、これは全てのスポーツに通ずることなんだと思ったんです。サッカーのバルセロナの選手たちの落ち着きというのが、どこから来ているのか。もちろん、相当な約束事を実践する組織だった練習もあると思います。それ以上に、平たい言葉で言うと、選手たちが落ち着いて自分のプレーをできるようにするコーチングもあるんじゃないかと思うんですよね。我々でもそうなんですけど、オーディエンスがいっぱいいる中で、例えばギターリストがステージに出て行くと、やっぱり身体が固まるんですよ。よく、観ている人たちをスイカ畑だと思えとか言いますよね。そこから始まるんですけど、そんなに都合良くいくはずもない(笑)僕の場合、たまにステージをやると、大きい会場だとそれほど緊張しない。逆に、お客さんとの距離が近いライブハウスの方が、めちゃくちゃ緊張をするんですよね。
山本:カラオケの方が緊張しちゃうみたいな感じですかね(笑)
林:あるかもしれないですけど(笑)。一回自分がひらき直っちゃうと、次はリラックスして、色々なことができる。人間には、自分を抑制する働きというのがあると思います。
山本:さらけ出すと、その後は楽になるということはありますよね。
林:例えば、ギターリストのピックの軽さなんかは、場を重ねていくことで、いつもと同じ状況を作り出せている。だから、良いプレーに繋がっていくこともあるだろうし、逆にオーディエンスの力を利用して、そこから来る歓声とかをエネルギーとすることもできる。さらに、プレーヤーがそれを自分のものにできると、今度はそれを上手く利用してオーディエンスを煽っていける。つまり、会場全体を一体化させるということも生まれてきます。
山本:ライブって、そういうことですか?
林:そうですね。
山本:一人じゃそこまで盛り上げられなくても、互いの相乗効果で「ガーッ」と上がってくる。
林:相乗効果で作り上げられています。
山本:サッカーの試合も一緒だと思います。お客さんが誰もいなかったら、気持ちが盛り上がらないでしょう(笑)。
林:監督の声だけしか聞こえない。
山本:それは、子どもの試合だってそうです。監督の怒る声しか聞こえないと、子どもは全然乗らないですよ。
林:不思議なものですよね。与える影響というのは。
山本:雰囲気とか。僕なんかはこうした仕事をしていますけど、周りでは戦術的なことを言いたがる人が多いんですよ。でも、サッカーって、戦術的なことよりも、もっと感情的な部分が強いと思います。ライバルには負けたくないという気持ちや、この雰囲気の中じゃ1cmもサボれない。そんな中で真剣にやれるというのは、感情抜きに語ることができないと思うんですけど。それを理屈っぽく言う人がいますね。そんな単純な話じゃない、って言うんですが…。
林:向こうはレベルの高い話だと思っている。
山本:そう。理屈っぽく言いたがるんですよ。本当は、今話をしていたように、観客からもらったエネルギーでもっと大きくなっていく。そういう体験が必要だと思うんですよね。